【vol38】「公人」と青年海外協力隊

ブログをやるようになって、青年海外協力隊として世界で奮闘している仲間や、その候補生のブログも観察するようになりました。

その中で、つい最近、日本で行われる70日の事前訓練中に、派遣を辞退をしてしまった人がいます。

その理由について彼は公人になれなかったから辞退したと、ブログに綴っています。

もちろん私は現役の青年海外協力隊ですから、直接の面識はありません。それでもとても残念な気持ちです。

ここでは、彼が辞退せざるを得なかった最大の理由である「公人」について考えてみます。

結論から書くと「公人とは、議論する意味のないワード」であると私は考えます。

それが原因で派遣を辞退するなんて、とてももったいないと思います。

まず公人とは、法律用語ではなく、隊員とJICAの間で結ばれる合意書やガイドラインにも、そのような文言はないことを押さえておく必要があります。基本的に、青年海外協力隊のプロセスにおいて、議論の土俵に上がるはずのないワードなのです。

もとを辿れば、政治家が靖国神社参拝をする際に政教分離の原則に対して理屈付けるために作り上げたワードです。

そんな「公人」。若者をマネジメントするのに便利なワードだと感づいたのでしょう。いつのころからかJICAが、訓練生に対して「公人としてふさわしい行為をしなさい」とアナウンスし始めたのです。

もし本当に突き詰めて考えたいなら、法律用語でない以上、「公人」の定義をJICAとして定義付け、改めて合意書の一文に入れる必要があります。そこまでして初めて、これは公人としてふさわしい行為かどうかを議論する意味が出てきます。

ちょっと論理的思考を働かせたり、法律を勉強した経験があれば、この言葉に隠されているトリックに気付きます。

私自身も昨年夏に訓練所に入所し、「公人にふさわしい態度を」と訓示された覚えがあります。

もっとも内容は「誰が見ているかわからないから、お行儀よくしろ」というものでしたから、私にとってはそれほど異論はありませんでした。妙に細かいことを指摘する組織だな、と思いましたが、中学校や高校時代を思い出せば、大したことはありません。

その議論を先鋭化させてしまったのが、彼のブログです。これこそが彼の持ち味などでしょうが、訓練所を見学に訪れた女子高生に対する表現など、遠慮なく書いていました。

当然、世の中にはいろいろな人がいるので、ブログの表現を巡ってJICAにクレームが来たようです。

JICAは対応に苦慮します。

そこで持ち出した論理が、公人としてふさわしくない行為だから賛否両論を招くような行為をやめろ、でした。

そこに彼は反発します。ここがポイントなのですが、実態がない「公人」という言葉が一人歩きをしてしまい、議論が泥沼化してしまうのです。所長の言葉から、公人の定義は一応されているようですが、それはJICAの公式見解ではありません。その論理の脆弱さを彼は本能的に気付いているから、矛盾を突き、納得できないとこれまたブログに書きます。こうなれば、JICAも振り上げた拳を下ろすことはできません。所長と何度も面談を行い、ついには本部まで巻き込む大事になってしまいました。

結局、彼は「公人にはなれない」ことを理由に、訓練終了まであと数日というところで、派遣を辞退してしまいます。

不幸です。誰も幸せになっていない。

実態のない言葉を巡る論争に、2年間を賭けた勝負をしてしまった。

これもポイントですが、彼はこれが組織との闘争になってしまっているという認識もありませんでした。

闘争になってしまった以上、自分にとっての勝ちを定義付けておく必要があります。

それがないと、その瞬間瞬間の出来事に振り回されてしまい、どんどん消耗していきます。

消耗し、精神的に追い詰められた人間がどのような判断をしてしまうのかも、知識として、経験として知らなかった。

訓練所を卒業して派遣まで、数週間の時間があります。

いろいろな関係者の言葉に傷つきもしたのでしょうが、しょせんみんな組織人であり、中間管理職です。物理的に離れてしまえば、何てことありません。

いったん論争から離れたその間に、落ち着いてもう一度考えればよかったのです。

よく言えば純粋ですが、悪く言えば愚鈍です。

彼は、彼の嫌いな常識人にとって、まるでピエロのような存在です。もちろん彼にピエロを演じている自覚があればいいのですが、一生懸命やった結果がピエロならば、それは痛々しくもある。空港で入国管理官とトラブルになり、「こんな国に住めるか!」とブチ切れて帰国する不毛さと、本質的にあまり変わりません。世界は広く、その世界へのチケットを手にした若者が、すさまじく小さなコップの中の争いに自ら挑み、敗れて謝罪を余儀なくされたことに傷つき(それでもなお、JICAは派遣の機会を与えていたようです)、自分からチケットを投げ捨ててしまった。これを不幸と言わずしてなんでしょう。

そもそも任地に行けば、WI-fyはおろか、電気すらあるかどうかわからない厳しい環境なのです。下手すれば2年間、ブログも書けません。

そんな中で流した汗と涙は、訓練所でのいざこざなど、すぐに洗い流してくれたはずです。

私から見ると、JICAも「公人」というワードではなく、淡々と「あなたの行為は合意書第○条に記載されている『訓練の秩序を乱す行為の禁止』に抵触すると判断するので、ブログを削除しなさい」と警告すればよかったのではないかと思います。

ブログを読む限り、彼には人を愛し愛される才能があり、誠実な人柄も感じます。

常識的な?私の意見を吹き飛ばす活躍を期待しています。

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