【vol60】青年海外協力隊員に社会人経験は必要か?

ベトナム首都ハノイ近郊、ドンラムで村人してます。青年海外協力隊員のminamiです。

現在、掃除機と洗濯機(脱水機)を探しています。読者の方でハノイ周辺で譲って下さる、売ってくださるという方、letteraamoroso@hotmail.comまで、連絡いただけると助かります。

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けっこう前の記事になりますが、私は「青年海外協力隊になるのにベストな時期は20代後半」だと書きました。

つまり、新卒で参加するのは薦めないということです。そのことに関して、別の青年海外協力隊員(面識はありません)からちょっとした反論をいただきました。彼は「新卒で参加したほうがいい」と書いています。ご自身の経験から、新卒で働いても大したことは経験できないと実感しており、ならば新卒で協力隊員になったほうがいいと。

でも、やっぱり私は新卒で協力隊員にはならないほうがいいと思うのです。

なぜか。

その理由として、前回書いたこと以外に「自立するきっかけを失ってしまう」ことを挙げます。

勤めると、特にひとり暮らしを始めると、自然と自立心が養われます。今まで付き合ったことのない人間関係に放り込まれ、上司や部下、取引先といった学生時代にはなかった関係性の中で仕事をしていかなければならない。もちろん、理不尽なこともあります。それに耐えたり、工夫したりしてやり過ごす。そんなとき、親の意見も恩師の意見もアテにならないということを、肌感覚で思い知らされます。すべて自分で決めて、すべて自分で責任を持たなければならない。その結果としてお金がついてくるし、それが自立するということなんです。

あなたは、親を他人として見ることができていますか?学生時代の恩師の言うことに人生を左右されたりしていませんか?

20代のタスクの半分は、「親は他人である」ことを認識することだと、私は考えています。特に女性の場合は、母親との共依存関係に陥りやすい。男だったら重度のマザコンと判断されかねない母娘関係を維持している女性は、私の周りにも驚くほど多いのです。

学生時代はよくモラトリアムだと表現されます。4年間(人によってはもっと)のモラトリアムのあと、さらに2-3年間のモラトリアムを過ごすと、人はどうなるか。モラトリアムこそが人生になってしまい、いつまでも半学生生活を送ることになりかねません。私はビジネスの現場が面白かったからそこに戻りたいと思っていますが、そうした軸を20代のうちに持っておかないと、何となくモラトリアムを送り続ける人生になってしまう。モラトリアムってちょっと居心地が悪かったりもしますが、その居心地の悪さに対して不感症になるのが怖い。

自立といっても、その対象は親だけではありません。例えば社会に対してもそうで、何かの奨学金を取って大学院に行くという行為も、私は自立していないと思う。もちろん与えられる側であるということを認識した上で割り切ってやっていればいいのですが、いつになったらお金を与える側=納税する側に回るの?と皮肉の一つも言いたくなってしまいます。

逆に言うと、もう自立していると言い切れるならば、年齢や社会人経験なんて関係ないと思います。社会人経験があってもつまらない人間はたくさんいますし、若いうちに大いに協力隊でも何でもやればいい。

世の中にはブログの見せ方や自分のブランディングだけはうまくて、中身はスカスカという人がたくさんいます。良質の中身を入れていく手段として、対価を取って人のために働く=会社勤めって、悪くないですよ。ボランティアはそれからでも遅くありません。

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↓私個人としては、30代初めに参加できてよかったなと思っています。もう少し若くてもよかったのですが、まあすべてが思い通りにはいかないものです。たくさんの方に読んでいただけると励みになるので、ぜひクリックをお願いします。

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