【vol61】村人が考える東京のハロウィーン

ベトナム首都ハノイ近郊、ドンラムで村人してます。青年海外協力隊員のminamiです。

現在、掃除機と洗濯機(脱水機)を探しています。読者の方でハノイ周辺で譲って下さる、売ってくださるという方、letteraamoroso@hotmail.comまで、連絡いただけると助かります。

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東京ではハロウィーンが大盛況らしいですね。私も東京に住んでいたので、ハロウィーンやクリスマスにかこつけてイベントに顔を出したことも、何度かあります。でも正直、ちょっと飽きちゃったんですよね。お金を出して若い男女が何となく集まり、恋愛っぽいことに発展すればいい的な期待感のある空間に。楽しいことは否定しないけれども、「こんなんでいいの?」という気持ちが20代後半になって芽生えてきました。

欲望をムリヤリ喚起されるのにもう疲れた、というか。楽しいけど空しいような感情。

例えばいま、この瞬間、僕は梨を食べています。梨があるんですよ、ベトナムに。しかも味は日本とまったく同じ。梨大好きな僕にとっては天国のような瞬間です。このようなささいな幸せを感じるごとに、来てよかったなあと思うのです。

何となくこれでいいのかな?と思いながら六本木でパーティーに参加しているあなた。もうお金を使って楽しもうとする姿勢、やめたほうがいいんじゃないかな。本当に楽しいものって、お金と比例しないから。

日本って、特に東京って、ことごとく経済につながっているなあって思うんですよね。例えばハロウィーンでも、もともとは子どもたちのお祭りなわけで、そこにお金なんて入り込んでいない。昔の日本なら、せいぜい商店街がフェアをやるくらいでしょう。それを大人たちがチケットを買って街を練り歩いたり、仮装してパーティーに行ってそれがレストランやクラブの収入源になっていたり。すべてがお金に還元される仕組みが整っていて、お金を生み出すために新たなイベントを考えてるみたいで、順番逆じゃない?って思う。若者殺しの時代という本にあるけど、80年代後半以降の経済の特徴って、若者に金を使えと要求してくる社会なのです。

でも、東京にいてハロウィーンを無視するのって、難しいですよね。だから物理的に離れたほうがいいと思う。もっとも僕は別にハロウィーンが嫌いというわけじゃなく、騒ぐ口実を見つけたい若者と、金を使わせたい大人たちの利害が一致して結果的にバカ騒ぎになっている構図が嫌いなのです。もっとお金を使わないで、手作りのイベントを楽しもうよ。

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子どもたちが街を練り歩き、お菓子をねだる。とてもいい風景だと思います。これだったら村でもやりたいな。

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